ダウン症書道家の金澤翔子は、障害を持ちながら才能を開花させ、
明るく活躍しています。それは、多くの人々に勇気と感動を与えて
いる事でしょう。

彼女は、本物の書道家としての腕前を誇っています。
ここまで育ったのは、親の温かい支援があった事に他なりません。

テレビで取り上げられる背景には、書道や書道家、そして障害者の
生き方がクローズアップする事で夢と希望を与える事ができるから
と考えられます。


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でも、障がいを持っているけど頑張った偉いと涙を誘う感動ストーリー
にする様な紹介の仕方は何か違うなと感じます。障害を持っている
からこそ、才能を開花させたのだと言う様な取り上げ方の方が美しいです。

取り上げ方は、つまりそれは、ジャーナリズム的な発想として、似たような病を
抱えてる家庭に明るいメッセージを与えたいという美しい側面からでしょう。

ただし、芸術や創作活動・学術研究など活躍する人の中には、
障害を持った人が沢山いる事は事実です。

それは、違った見方ができて、一般の人より、傑作を
産みだしやすいと言った理屈が言えるからではないでしょうか。

健常者が、発想もしない様な空想を思い描く事ができたり、
角度や視点を変える事ができる点など、ならではの才能を
開花させている他なりません。

実際、書道家や書道家の世界は一般庶民にとっては
未知の世界なので字の上手い基準が正確には分かりにくいでしょう。

でも、金澤さんに至ってはダウン症というハンディキャップがあるにも
関わらず、こんなにすばらしい作品を書けるなんて凄いとの解釈なのです。


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芸術作品というものは作家自身の生き様であったり考え方など、
すべてを加味した上での評価に繋がってきますので、ダウン症
と言う病気を超えたメッセージ性が生まれます。

現実的に同じダウン症でありながら、人によって症状はさまざまです。
かなりきつく全く会話が出来ない人から、書道家の金澤さんの様に
会話から勉強までできる人もいるのです。

金澤さんの功績は、低迷する日本、将来を悲観する障害者などに
明るい『光』を灯すものではないだろうか。

■金澤翔子の生い立ち

金澤翔子の母は、娘がダウン症と宣告された時に、背筋が
凍り涙が止まらなかったそうです。

医師には、知能がなくて歩けないとまで言われました。

5歳から書家である母の泰子さんに師事し、書の道に入った。
10歳で「般若心経」を書き上げ、平成17年には20歳の記念として
銀座書廊で初の個展を開催しました。

初個展以降、建長寺、建仁寺、東大寺など全国各地で書展を
開催し積極的な書道家としての活動実績を誇っています。

2012年には書家として実力を認められ、NHK大河ドラマ
「平清盛」の題字を担当しました。

 

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